5年計画のつもりが、移住してたった1ヶ月で旅宿を作れた理由




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「いくらくらい儲かるんですか?」

ゲストハウスに興味ある人によく訊ねられる一言です。そりゃ気になりますよね?楽しそうだけど、本当にこの宿大丈夫?この収容数で赤字経営でないの?実際にゲストハウスを多数泊まり歩いている人の中には一度や二度、そんな言葉が喉から出そうになった経験ないですか?

実際赤字のゲストハウス多いと思いますよ!

赤字なのにどうして継続できるのか?元々蓄えがありそこから補填しているパターン、夫婦で営みどちらかが宿担当、相方は別の仕事。オーナー自体が宿以外の仕事をしているなどなど。そもそもゲストハウスを営む目的が宿でお金が潤うよりも他の目的がある場合もあります。それは人との交流を通じて得る物があると判断した時、自分の好きな地域にゲストハウスを作る事で地域と旅人のコミュニティーが生まれるなどお金面だけでみるより人生の充実度を重視しているケースもあるわけです。一概にお金だけではかれないです。ちなみに”阿蘇び心”は組織なので赤字が続くと続きません。なのでみなさんどしどし泊まりに来て下さいね!

という事で今日はみなさんが好きな”お金”の話?

ここであなたに質問です。これからゲストハウスを作ろうと思ったとします。その時所持金はうまい棒は買えるけど、家を買うお金も賃貸契約するお金もない。ただ目の前に自分が理想とするゲストハウス物件が見つかった!さて、あなたならどうしますか?下の3択どれかでお答え下さい。

・お金を貯めるために必死で働いて数年後に賃貸契約

・ここをゲストハウスにすれば必ず自分が多くの人に喜ばれる場所に出来る!すぐにお金を工面する方法を考える。

・あきらめる。

これ実際に私の周りでも多い分岐点です。実際にゲストハウスを経営していると月に数人はゲストハウス相談、月に数人は将来ゲストハウスをやりたいですと言います。月に数人は既に物件もきまり○○頃までにゲストハウスオープンします!要するに私の知っているだけでも毎月10人以上がゲストハウスを作りたい!これだけいるわけです。

その中でも「あ〜この人!一生ゲストハウス作らないないなぁ〜」と思う方が割合的にとっても多い。

やる人とやらない人の違いは?

”今はまだ仕事してある程度お金を貯めてあと数年後に……”

”オープンしてお金がないと不安なのでお金を貯めてから……”それっていくら貯める気ですか?それまで何年かかりますか?

やらない人(たぶんやらないだろうと思ってしまう人)の多くはお金をとっても気にします。では、予定金額貯まったらその人は本当にやるのか?おそらく、改装費が予想以上にかかりそうで……。もしオープンしてお客さんがこなかったらその補填分を……。お金あり気で考えると不安要素はきりがありません。そうこうしている間にその物件が決まってしまう事だって考えられます。(新築するなら別ですが)

物件もきまり○○頃までにゲストハウスオープンします!と言う人に多いのは、話を聞くと勢いでなんとかなるはず!と思い込んでいます。それでいいと思います。そういう私自身、広島から阿蘇へ移住を決めた時、阿蘇で旅宿をしようと考えましたが、日本一周バイク旅のすぐ後で所持金はほぼ0です。そこで地元でやりたくない派遣の仕事で数ヶ月働いてお金を貯める事をしました。しかし、やりたくない仕事をするのはつらい。ふと思ったのはやりたい事がはっきりしているなら、それに近づく事をしよう!その時は阿蘇で旅宿をやる頃が目標だったので、広島で働いてお金が貯まって阿蘇へ行って物件探しでは遅いと考え、それならすぐに阿蘇へ移行と決断。そこですぐに派遣をやめ仕事まったく決まっていないのに必要な物だけ車に積み込み即阿蘇へ移住しました。

無謀なのですが、1つだけ明確だった事は自分を阿蘇の方に知ってもらい、日本一周で惚れたこの阿蘇の大地で旅宿を行い、それにより日本、世界の旅人が阿蘇のファンになる場を作ります!それを伝えるためには広島ではない、宿を作る阿蘇だ!それで阿蘇へ1日も早く行く事に。

結果1ヶ月後に阿蘇に旅宿オープンしました!

移住当初は車で寝泊まり、半年前の日本一周バイク旅とほぼ変わらない生活の日々。そこから進歩は阿蘇近くのユースホステルでヘルパー(フリーアコモデーション)閑散期の6月に「なんとか!そこをなんとか!1週間だけでも良いのでヘルパーさせてください!」とユースのペアレント(オーナー)さんにお願いしてようやく布団で寝れる生活確保!うれしい事にまかない(食事)もつくのでありがたい!しかも電気も水道もある生活は身にしみて感謝。

車に載せた中に阿蘇の旅宿企画書(全5ページ程の超薄く内容も今思えばとても薄い)を持参。ユースホステルで掃除を終えると車で行動あるのみ!当時(2002年)はまだネット環境ももちろんスマフォなんてない時代。賃貸情報誌、移住雑誌を片手に物件をみつける時代。ふと移住雑誌のある記事に注目すると”信州の村で芸術家を集めて芸術村に。その分家賃ただで住まわせる”空き家対策事業”なるものを見つける。

これ面白い!阿蘇で空き家対策事業ないかなぁ?そう思っていたら偶然阿蘇町(現在の阿蘇市)で空き家対策事業を発見!そこに電話して担当者にアポをとりすぐに(普通アポは数日後ですが、その時は電話してすぐいきたいと半分むりやり)阿蘇町へ。ここで企画書を見てもらいながら、この宿が出来るメリットは素泊まりなので周辺の飲食店、買い物、温泉を利用(小さいけど経済効果)、デメリットは自分が常駐して常に管理する事で解消などを担当者と話をする。

と思わぬ事実発覚!

担当者
……あの〜すごく良いと思うんですけど、ヨシザワさん勘違いされてますよ!
じゃけん
えっ!どういう事ですか?
担当者
ヨシザワさんは宿を出来る家を探しているんですよね?
じゃけん
はい!!
担当者
この街の空き家とは、家ではなく商店街の空き店舗の事なんです
じゃけん
…………えっ〜〜〜!そうなんですか!

そこから私しばらく言葉なし、担当者が企画書を眺めながらしばらくの沈黙の後に思わぬ一言

担当者「でもこの企画おもしろいですよ!うちが考えるのは一店舗の空き家を埋める事。でもこれは全ての空き屋を埋める事が出来る企画かもしれませんね!空き家対策事業では無理ですけど、私の心あたりで協力してもらえそうな方にちょっと話してみますね、動きあれば連絡します」

その日はそれで終了!さすがに”無理かなぁ〜”と思っていた数日後。

担当者「ヨシザワさん、実は熱心に街づくりをされてる方であの企画を見た方がお会いしたいと!

じゃけん「ほんとですか!いきます!すぐいきます!(ユースから車で40分で行けます)」

担当者「えっ!いまからですか、ちょっと日程までは……会社経営されてる方なのでご多忙だからどうですかね」

一旦電話をきり、数日後にお会い出来る事に。

そして実際にその方とお会いしたラーメン屋(いまでも覚えているのは目の前にでてきたラーメン食べずにひたすら旅宿の魅力をしゃべってました)そしてその方が一言。

恩師(その方です)「自分もこの街で旅館や店をやっているけど、宿に泊まった人を街にでてほしいといろいろ動いてるが、実際にはなかなかそれが難しい。この素泊まり宿なら自然と食事や買い物に街に出る、その歩く姿や地域の人と会話が生まれる事が大事。1つ確認だけと5年計画と書いてあるけどどうして5年なの?」

じゃけん「私阿蘇へ来てまだ1週間程です、まったく見ず知らずの私がここで宿を始めても地域の方から良くおもわれなければその宿は続かない、いいものは続かないと意味がないと思うんですね。なので広島にいては信用はもらえません、そこで阿蘇へきてヨシザワです。こんな人間です、ここでこんな宿をつくり、この阿蘇の魅力を世界へ発信したいんです、その期間が5年と考えています。

恩師「5年も待っていても街は変わらない。それなら今やればいい。ちょうどうちにそれが出来るスペースがある、それを君に任せるからやればいい」

じゃけん「……」

じゃけん「えっ!5年分の信用は」

恩師「おれの敷地だから、おれの信用を使え」

映画でもなくドラマでもない、この話があり。そして本当に私は阿蘇へ移住して1ヶ月後に旅宿をオープンさせる事が出来ました。もちろんこれはすごい縁とタイミング。でも、行動せず広島にいてお金を貯めていたら間違いなくこの宿は実在しませんでした。

ゲストハウスをやる人とやらない人の違い

行動あるのみ!ただ、その行動を自分だけでは限られます。まずは目で見える形で自分の想いを他人に伝え同感してもらえる仲間作り。ネットワークが出来るといろんな話が生まれ、それがゲストハウスをつくれるきっかけになる可能性は一人で数年働いてお金を貯める時間よりもきっと確率は高くなるでしょう。それがゲストハウスをやる人とやらない人の違いです。もちろん、お金は必要になります。そのお金を貯めるではなく集める、借りるなどやりかたはあります。このブログで今後そんな資金調達の事も書いていきます。

まとめ
自分が思っている程、周りはあなたの事を理解してくれません。それを理解してもらうためには”見える化”して計画書といわなくても、自分新聞でもなんでも自分の想いを発信していく事により仲間が増え宿づくりが進む確率があがります。考えるよりまず行動!

 

 

 

 

 

 




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